【伝説】真矢ミキの若い頃がイケメン!昔の宝塚男役時代の画像&エピソードまとめ!

記事内に商品プロモーションを含む場合があります。
引用:https://www.tca-pictures.net/skystage/Prgm/Detail/2239.html

元宝塚花組のトップスターで現在も女優として活躍されている真矢ミキさん。今回は真矢ミキさんの昔のイケメンすぎる宝塚男役時代の画像とヅカの革命児と言われていた宝塚の伝説エピソードをまとめました。

この記事でわかること
  • 真矢ミキの宝塚時代の画像を作品別・いつ何歳か紹介!
  • 真矢ミキの宝塚時代の伝説エピソードを紹介!
知りたい情報をタップしてね!

真矢ミキの2024年現在プロフィール

引用:https://ameblo.jp/maya-miki-blog/
名前真矢 ミキ(まや みき)
旧芸名:真矢 みき
本名西島 美季(にしじま みき)
生年月日1964年1月31日
年齢60歳
出身地広島県広島市西区南観音町生まれ
大阪府豊中市育ち
血液型O型
身長166cm

1979年に宝塚音楽学校に入学し1981年(当時17歳)67期生として宝塚歌劇団に入団。1995年に『エデンの東』で花組トップスターに就任。

長髪のヘアスタイルやナチュラルな舞台メイク、独特の着こなしで、宝塚に新しい風を吹きこみヅカの革命児と呼ばれていました。1998年(当時34歳)『SPEAKEASY』で宝塚歌劇団を退団。

2003年に「踊る大捜査線」のオーディションで合格し女優として活動し始めます。その後は現在に至るまでさまざまなドラマ・映画・舞台などで活躍されています。

真矢ミキの昔の宝塚男役時代がイケメンでかっこいい!

真矢さんのヅカの革命児と言われていた宝塚の男役時代の写真を作品と当時の年齢と合わせてまとめました。

エデンの東/ダンディズム!

引用:エデンの東/ダンディズム!

1995年6月〜8月公演「エデンの東/ダンディズム!」花組トップスター初公演(真矢みき当時31歳)

ザッツ・レビュー

引用:ザッツ・レビュー

1997年8月〜9月公演「ザッツ・レビュー」春風泰平役(真矢みき当時33歳)

ブルー・スワン

引用:ブルー・スワン

1997年10月公演「ブルー・スワン」アレックス役(真矢みき当時33歳)

SPEAKEASY/スナイパー

引用:SPEAKEASY/スナイパー
引用:スナイパー

1998年5月〜6月公演「SPEAKEASY/スナイパー」退団公演(真矢みき当時34歳)

真矢ミキの宝塚時代の伝説「遅咲きの革命児」

1979年に宝塚音楽学校に入学し1981年(当時17歳)67期生として宝塚歌劇団に入団します。

そこからトップスターになったのは、15年目の1995年に『エデンの東』で花組トップスターに就任しました。通常宝塚は入団10〜15年目あたりと言われ真矢さんは15年目だったので大分遅咲きでした。

最初は、宝塚音楽学校の成績が同期39人中で37位で、のちにインタビューでは「劣等生だった」と話しています。当時は宝塚を辞めることも検討していたようです。

しかし、トップスターになった真矢さんはそこからヅカの革命児とまで言われるほどの伝説を残していきます。

真矢ミキの宝塚時代の伝説「男役なのに長髪」

当時宝塚の男役といえば短めの短髪が基本でした。

しかし、真矢さんは初めてロングヘアーで男役のトップスターになりました。

ロングヘアーでパーマをかけたスタイルや、後ろで1つに結ぶスタイルでとても色気があり人気でした。

当時キムタクやロングヘアーが流行っていたのも宝塚ファンから受け入れやすかった要因かもしれません。

のちに真矢さんはフジテレビの「おかろべ」で宝塚時代の長髪に関して、

「5人トップがいるから、1人くらいはよくない?」

と話していて逆に長髪だったのが他にいない差別化になったかもしれませんね。

真矢ミキの宝塚時代の伝説「宝塚ではありえない薄メイク」

宝塚といえば、濃いメイクが主流でした。

宝塚は収容数2,000人以上という大規模劇場なので遠目からでも演者の表情が分かるように、濃いめのメイクが要求されていました。

しかし真矢さんは、それまで男役も娘役と同じブルーのアイシャドーだったのをグレーのアイシャドーに変え、目立つレッドの口紅をナチュラルな色の口紅にしていました。

フジテレビの「おかろべ」でメイクに関しても、

「浮いた。めちゃめちゃ怒られた」

と話していて最初は風当たりはとてもきつかったと話しています。

真矢ミキの宝塚時代の伝説!「男役で女性らしい姿で写真集発売」

当時、宝塚では男役の女装はNGと言われていました。

しかし真矢さんは宝塚時代にに篠山紀信による「Guy」という写真集発売します。

この写真集は「ふだん宝塚を見ない人でも手に取りやすいように」という思いから男役ながら女性らしい姿の写真も撮影しスカート姿での写真も披露していました。

宝塚ではタブーとされていることを次々とやってのけ、しかも成功し続けた、

これが真矢さんが「ヅカの革命児」と言われる宝塚伝説エピソードでした。

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!
知りたい情報をタップしてね!